2006年08月09日

国木田独歩と祝島 その1(祝島ネット21)

先日、真夜中の地鎮祭を経験しました。神様は夜中に活動するということで、月明かりの下5人の神主さんが蝋燭の灯をたよりに行う儀式はとても神秘的でした。
宇治川のほとりで幻想的な気分にひたりながら久しぶりに夜空を見上げたとき、国木田独歩の『少年の悲哀』の一場面を思い出しました。ちょうど夏の最中、月影鮮やかな平生湾での物語です。

今回はこの小説を通じて祝島の風土を考えてみたいと思います。
みなさんご存知のように独歩は父親の赴任先の広島や山口を転々とし、柳井や麻里府に住んでいたこともあり、周南を舞台にした作品をたくさん書いています。
この小説の中でも独歩は主人公に“僕は少年時代を田舎で過ごさしてくれた父母の好意を感謝せざるを得ない。もし僕が八歳のとき父母と共に東京に出ていたならば、僕のこんにちは余程違っていただろうと思う。少なくとも僕の知恵は今よりも進んでいた代わりに僕の心はウォーズウォース一巻より高遠にして清新なる詩想を受用し得ることができなかっただろうと信ずる。”と語らせています。
独歩自身も学制改革により山口中学退学を余儀なくされ、帝国(東京)大学に進学してエリートコースを歩む可能性を閉ざされた後、山口を捨て東京に出て行きます。独歩の小説家としての出発点はここから始まっていきますが、つねに彼の心をひきさいてきた都会と田舎、社会と自然、政治と宗教の相反するふたつの接点を探し求めて苦しみます。その揺れ動く心を素直に表現した独歩の小説は同じような環境で育った私達に共感を呼びます。

 小説は主人公の“僕”を徳二郎という下男が近いうちに朝鮮へ売られていくなじみの女郎のところへ連れて行った一夜の物語です。その夜のことを大人になった僕が“その夜淡い霞のように僕の心を包んだ一片の非情は年と共に濃くなって今はただその時の僕の心持を思い起こしてさえ堪え難い、深い、静かな、やる瀬のない悲哀を覚えるのである。” と思い出します。人生の別離を少年の目を通して書き、そのせつなさと平生湾の美しい自然の描写があいまってとても幻想的な物語となっています。この夜のことを少年が平生湾の美しい風景と共に記憶していることにも意味があるのでしょうが、ここに書かれた“悲哀”というような言葉を近頃耳にしなくなったと思うのは私だけでしょうか。

 今、子供が育つ都市の環境は危機的状況をむかえています。自然がどんどん破壊され、無責任な情報が氾濫する中で、安心して子供を社会に野放しにできる状態ではなくなってしまいました。
 が、祝島はどうです。その環境の差は歴然たるものがあります。それを我が家のおかげさまブラザーズが身をもって私に示してくれました。島人達の深い愛情と豊な風土に育まれて、彼らは随分変わりました。島に帰ってきた当時はハエさえも怖がっていた子らが、今では巣から落ちた雀を拾って帰ったり、山や磯に行って石ころを拾ってきたり、傷だらけになりながら島中をかけまわっています。
 心配していたひとりぼっちの学校生活も すばらしい先生方のおかげで毎日楽しくて仕方がない様子、今このように生徒に知る喜びをきちんと伝えられる先生が都会の学校にはどれくらい残っているでしょうか。子供というものが環境によってこれだけ変わるものかと驚きました。
 宮本常一氏は著書の中で「自己の充実が一段と深くなればなるほど、環境への認識が深まってくるのは意味の深いことである。人間が他の動物と比べて広い環境を持っているということが、どれだけ人間社会の発展の原因になったか知れないのである。驚異とは結局、子供たちにこの深い広い認識を持たせることなのである。そしてこの認識を持たせる具体的な媒介になるものが郷土だといえよう。」つまり身近な環境(自然)を知り、自然に自ら親しんでいく。認識できるようになる世界の広がりは自分がいる環境の向上、自己の変革につながっていくはずだとのべています。
 さらに彼らが他の子供達と決定的に違う経験をしたのは人との別れです。島ならではの様々な別れを経験しました。そこで感じたであろうせつなさや寂しさは彼らを人間的に大きく成長させてくれたことでしょう。別離は彼らや島で育った人間が体験するもっとも特徴的な経験であり、祝島人の素養を育む貴重な経験ではないでしょうか。島の人は情が深いと言われるのは、“悲哀”に代表される微妙な感情を敏感に感じるような経験や自然を通じてしなやかな心を養ってきたからかもしれませんね。
独歩は様々な帰郷についても小説を書いています。そこには私達になじみ深い物語があり前回書いた彼女達の帰郷感に相通ずるものがあります。けれどここでは紙面と時間の制約があるのでまたの機会に。
次回からはまっとうな祝島の歴史に戻る予定です。

 ※国木田独歩が書いたものの中に時々「祝嶋」がでてきます。

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