2006年04月01日
はじめに(祝島ネット21会報)
祝島はとても不思議な場所です。古くから海上交通の要所として知られ,神武天皇・神功皇后や除福伝説などの伝承があり八幡信仰や株内制度など他の瀬戸内海の島々とは異なる独特の文化を育んできました。
私にこの島の「不思議」を教えてくれたのは,両親をはじめ祝島の郷土史家ともいえる重村や田原のおじちゃん達と,あの"ことしお"に乗ってやってくる"えびす商店"のお客さんでした。カメラマンや画家,学校の先生など,島で暮らしている私にはわからない魅力や知識を与えてくれました。
店を訪れる人の楽しい話を聞いているうちに次第にこの島の歴史や風土に興味を持ち始めました。
そしてその興味を広げてくれたのが建築設計という仕事です。
建物を計画する上で場所の特性は非常に重要な設計要素の一つです。
建物の形態は,法的規制や技術的なことはもちろんのこと,社会問題や経済・歴史的背景などあらゆる方面の資料を分析し,特性を把握しながら,ひとつひとつの問題点を解決していくことによって決まっていきます。これまで20年近くそういう作業をしていく中で 様々な分野の書物や資料を読んでいるうち,偶然,島のことを書いたたくさんの本に出会いました。
なかでも周防大島出身の民俗学者・宮本常一氏の書かれたものは,民俗学に限らず産業や歴史など多岐に渡り,島で生まれ育った私も知らないことがたくさんありました。(もっとも一番驚いたのはそれを私の祖父から聞いたということでした)
宮本氏は苦学して独自の民俗学を築き、その一生を研究の為の旅にあけくれた人です。
その生き方は物事をまっとうする手本のように痛烈な印象を与えました。宮本氏の書かれたものの中で特に印象深いのは 日本中の名もない庶民を記録した「忘れられた日本人」という著書です。そこには祝島人のように素朴で、働き者で、苦労を笑い飛ばして生きているような暖かい人々の姿が生き生きと書かれています。貧しいけれど真っ直ぐで個性的な「忘れられた日本人」は,どんなに自由があっても際限のない私達の欲望とはまったく無縁のところで生きていて 貨幣価値が最優先される今の時代にはない豊かさがそこにはあるように感じました。
休みに島に帰省する度に癒される自分自身も何か別の価値観を求めているような気がして,この片隅においやられた島のことをもう一度考える動機にもなりました。
宮本氏の著書の中に祝島の堤の話があり,堤を作るための借金を返し終わった島民の喜びが書かれています。"カタア"や"キタノノセイリ"は小さい時から遠足で慣れ親しんだ場所です。けれどいつの間にか 私達は先祖が苦労して残してくれた財産だということを忘れています。 個人の権利ばかりを主張する世の中で 島民みんなの為に力を合わせて築いてきたこの堤の話は、私達が忘れてはならない歴史の一端ではないでしょうか。祖先が残してくれた多くの遺産を無駄にしないよう口承伝承も含め、ここに記録し、ひとつずつ検証していきたいと思います。
私は専門家ではないのでこれを契機にどなたか専門的に研究しようという人がでてくれると非常に嬉しいです。資料は咀嚼して書くつもりですが、ひとりよがりの解釈や間違いも多いと思いますので、どんどん意見を頂いて一緒に島の歴史を残していきましょう。
- by hako
- at 23:36